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イタリアのクリスマスと言えばパネットーネ♪
2005 / 12 / 20 ( Tue )
私が取り扱わせて頂いているムッツィのパネットーネが、昨日(月曜日)のフジテレビの朝の情報番組『得ダネ!』で紹介して頂きました!!

ということもあって、喜びながら『パネットーネって何?』という方へもちょっとご説明も兼ねて(←もはや言い訳)またもや、コマーシャル記事です。

パネットーネとは、バターと卵、そして小麦粉にパネットーネ菌と呼ばれる天然酵母を加え時間をかけて発酵させた、レーズンとオレンジピールが入った山型のほのかに甘いパンケーキで、イタリアでは、クリスマスを含めた年末年始の風物詩的な商品。この時期、空港の売店から街の小さなお菓子屋、そしてスーパーマーケットで、パネットーネは高く高く上げられていると思います。

パネットーネの発祥の地はミラノ。「日保ち」が良くて、栄養のある美味しいパン(ケーキ)を作ろうと、そう、日本人のおせち料理的感覚で発明されたようです。

さてさて、ムッツィのパネットーネのどこがスゴイのか、どこが他のメーカーとは違うのか?

1795年創業のイタリア有数の美味しいパネットーネを作る昔ながらのパスティッチェリア(お菓子屋さん)であるということ、そして、初代から現在に至るまで、伝統のレシピを代々受け継いでいるということ。

他のメーカーの物と、まさに一線を画すのが生地の美味しさ♪
パネットーネというと、大抵がパサパサしているのですが、ムッツィのパネットーネは、しっとり、もっちり。この違いは、長時間かけて発酵させ、きっちりと焼いていることだそうです。

もちろん、ムッツィのパネットーネのラインアップにも、手ごろな価格で買える商業ベースラインもあります。しかし、私がご紹介させて頂いているのは、ムッツィのパネットーネの中でも最高品質のパネットーネであるUSO MILANO。USOとは、『嘘』ではなくって、英語で言う『ユース』。なので、本家ミラノユース(風)。

原料にこだわりぬき、作り方も十分すぎるほど丁寧に。そしてラッピングも一つ一つ手作業で行った極上品。

生地のおいしさとともに、こだわっているのがレーズン。質の良いレーズンをDOCGの白ワインのモスカートに浸しています。
私も、本来レーズンはあまり好きでなく、レーズンパンなどレーズンをほじって出してしまっていましたが、このパネットーネに入っているレーズンは本当に美味しいです。

う~ん、やはり『百読みは一食にしかず!』。
伊勢丹新宿店の地下食料品売り場のマ・パティスリーへ会社帰りへ直行してください!!テレビ放映された関係上、とってもとっても売れているようです。本当に数に限りがあるので(私が輸入した分しか日本に存在しない・・・)お急ぎください。

もしも、今年手にいれることができなかった方は、来年のご予約も今から受け付けています!

何しろ、美味しい物を作るために必要なものは、良い素材と美味しく作る知恵と、それにたっぷりとした時間。
ムッツィのUSO MILANOのパネットーネは、なんと半年前の6月に予約をしないと作ってもらえないのです。。。。

最後に、既にパネットーネを手に入れて頂いた方へ。
防腐剤を使っていませんが、人智で考え出された自然の防腐効果(発酵と焼き)のみで来年の4月末まで賞味期限がありますが、これは未開封の状態での賞味期限です。
もちろん、焼きたての方が美味しいです。『もったいない』という気持ちは本当に理解できますが、なるべく早めに封を開けて、封を開けたらそれこそ早めに召し上がってください。
長時間空気に触れると、せっかく美味しい生地の表面がパサパサしてきてしまいます。開封したら、パネットーネが入っているビニール製の内袋をしっかり閉じて保管してください。そして、防カビ剤など一切入っていないので、自然の摂理に応じてカビが生えます。

なので、お早めに美味しいうちに美味しく召し上がってください!
食べ終わったら、来年また食べるのを楽しみにしながら・・・。
20051220102045.jpg

提供はバリエインターナショナルでした!
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テーマ:クリスマスケーキ・ディナー等関連食材 - ジャンル:グルメ

10 : 21 : 17 | イタリアお薦め商品♪ | トラックバック(3) | コメント(3) | page top↑
少しは明るく。クリスマスネタ♪
2005 / 12 / 15 ( Thu )
皆さん、イタリア語でサンタ・クロースって何て言うか知ってますか?

サンタ・クロースじゃなくって『バッボ・ナターレ』と言います。

日本語的感覚では、『鼻タレ』のように聞こえる『ナターレ』はクリスマス。『バッボ』とはお父さんという意味。登場人物はもう一人いて、『ジェズ・バンビーノ』。『ジェズ』とはイエス・キリスト、『バンビーノ』とは子供の意味。

そう、24日の夜に子供たちにクリスマスプレゼントを届けてくれるのは、『クリスマスのお父さん』と『子供のイエス』です。

イタリアでは、子供以外にも、友達やら、それこそ会社関係の『お歳暮』的プレゼントもクリスマス時期に行われるので、商店やら工場はクリスマス前にはフル稼働。店のレジ前の行列は本当に長いし、待ち時間も相当なもの。

1年の中で最も大切な宗教的・文化的行事なので、大変な盛り上がりを見せます。(しかし、家族を主体とする行事なので、どこかの国のように、カップルがレストランでクリスマス特別メニューを食べたり、ホテルを予約したりという光景はあまり見られません・・・。)

翌26日は聖ステファノの祝日。なので、25日と26日は連休。そう、街の店は、ほとんど全てクローズされています。これが文字通りの『サンタ・クローズ』・・・。(しょーもないダジャレをお許しくださいm(__)m)。
なので、イタリアでクリスマスを過ごすという恵まれた方は、クリスマスのショッピングは前日までに済ませてくださいね!

ちなみに、『メリークリスマス!』は『ブォン・ナターレ!』(ブォンとイヤらしく書いたけど、ボンでも通じます。いわゆる、ボンジョルノのボン)と言うので、イタリアの街で言ってみてください!






テーマ:イタリア - ジャンル:海外情報

09 : 54 : 41 | イタリア豆情報! | トラックバック(1) | コメント(4) | page top↑
またもや日本の時事問題に嘆く・・・
2005 / 12 / 15 ( Thu )
チャンネルをひねればテレビをつければ耐震強度疑惑の証人喚問。気持ちが沈みます・・・。

『まさか、こんなことやるはずはないよね・・・』って思っていたことが次々に現実化されている毎日。
ニュース番組で、『今日はニュースがありません』っていう日ってありえないのかな・・・。

何か変だ。

何だか世の中、どこか大切なネジが取れちゃってるみたい。

子供に変質者とは何か、そして、家族以外の大人は全員変質者の可能性有りなので注意すべし!と教えている現状。

『事前検査でバレなければいいや・・・』『大地震が起きて建物は壊れても、その時は全体が混乱しているから、バレないだろう。』『できるだけ儲けを重視して懐を暖めろ!』『これに逆らうヤツの頬は札束で叩け!』と言っていたんだろうと想像できてしまう耐震強度疑惑問題の主人公たち。

日本の証券会社の誤発注騒動、改めて『道義的に・・・』云々という点で、儲けた証券会社が儲け分を返上するかしないかという問題に発展しているけれど、一番大儲けをしたスイス系の証券会社は過去に同じような発注操作ミスで100億円の損失をしていて、その時は誰も何も言わなかったらしい。だから、今回だけ何故返金しなくてはいけないんだ~~!とスイス系証券会社の株主さんは怒っているとのこと。

何が原因でこんな世の中になっちゃったのだろう?

我が日本国が誇りにしている(私だけか・・・?)『性善説』を基本にした考え方は消え去ってしまったのか?はたまた最初っからそんな物は幻想の産物だったのか??

『遠山の金さん』や『大岡越前』やら『暴れん坊将軍』や『水戸黄門』の評定は、もはや『甘い!』と言って通用しないのかな・・・?



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09 : 30 : 07 | 番外編 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
イタリア人から見た日本
2005 / 12 / 12 ( Mon )
今から書こうと思っていることは、特にイタリア人の目だけに限ったことではないと思うんだけれど、イタリア人が初めて日本を訪れた時に口にする感想をつらつら書いてみたいと思います。

○疑問:『何故こんなに自動ドアが多いのか?』
ドアを開けるのってそんなに面倒くさいの?というストレートな疑問をよく受けます。う~ん、確かに多いし、逆に自動じゃないドアの方が少ないかも。。まあ、元々向こうは「押す・引く」のドアだし、こっちは元来「ガラガラ引き戸」の文化だから、自動ドアが受け入れ易い土壌にあるのかもしれないけれど・・・。
私なりに考えた理由は、「荷物を両手に持っているとドアをあけるのが大変だから・・・」っていう店側の客への配慮というかサービスかな??とも思ったけれど、自動ドアが多いから、レディーにドアを開けて待ってくれるジェントルメンが少ないのか・・・・。

○疑問:自動ドアシリーズ『なんでタクシーは自動ドアなのか??』
外国でタクシーを止めたはいいが、ドアを開けてもらうまで外でじっと待っていて、「ちぇっ、乗るのか乗らないのかハッキリしてくんな!」とドライバーに嫌がられた(もしくは走り去られた)経験を持つ日本人が多いのと同様、タクシーのドアを自分で無理やり開けようとして嫌がられる外国人多いです。
これも、レディーが乗る前に、さっとドアを開けてくれるジェントルメン率を下げる原因の一つか・・・。

○喜び:『なんで日本の店員は皆微笑んでくれるのか?』
自分に気があるんじゃないかとまで誤解する人もいます。しかし、どうやら自分以外の全ての客に微笑んでいるという状況を見て、それがサービスの一環であることを知る・・・。
日本以外の国の多くは、(そんなにたくさんの国の状況を知っているわけではないので明言できないけれど)、ほとんどの店員が「ムスっ」としている。イタリアも、そう。特に客が女の場合、女の店員から冷たくあしらわれる確率とっても高し。
日本だったら、日本語がよく分からない外国人にはレジなんかでモタついても丁寧に親切に教えてくれるけれど、外国では露骨に嫌な顔されたりする。
だから、例えマニュアルであったとしても、内心は「早く帰りたいぜ・・」と思っていたとしても、美しい笑顔(←美しくなくてはいけない)で接してもらえるということは感動的なことだと言っていました。

○驚きと感動:『レストランに入ると、全員が大きい声で自分を歓待してくれている(みたい)』
チェーン店系の居酒屋にイタリア人の団体を連れて行った時のこと。何て言っているかは分からないけれど、一緒に盛り上がっていました。(詳しく説明すると、新しいお客さんが入ってきたり、注文が入ると、イタリア人の団体も店員さんと一緒に叫んでました。)

○驚きと感動。そのニ:『食べ放題って素晴らしいシステムだ!!』
特に大食いだっていうことをあらかじめ知っていた兄妹2人組みプラス5名のイタリア人が、「しゃぶしゃぶ」を食べてみたい・・・と言い出した。実は、この大食いの兄は、以前、訳も分からず、泊まっているホテルに入っている(超高級)寿司店に一人で入り、訳も分からずこれでもかと食べて、一人で10万円近いお会計を払わなければいけないハメになったという経験の持ち主であったため、気を利かせた私は、ネット
で食べ放題のしゃぶしゃぶ店を探して席を予約。

食べる前に、「時間は2時間に制限されるけれど、時間内だったらどれだけ食べても同じ料金である」という食べ放題のシステムについて説明すると、いたく不評。

「我々イタリア人はゆっくり時間を気にしないで食事をするのだ!!」

う~ん、そりゃそうなんだけれど・・・。「まあ、時間は延長できるでしょっ」と軽く流し、食べ放題スタート。
3人につき1枚くらいの大皿にきれいに盛られたお肉をもらったと同時に全員スタートダッシュ。スタート後5分以内にお皿は空。その後、ペースは乱れず、しかももちろん食事のエッセンスである楽しい会話は盛り上がり、しかし、私は5分おきの『おかわり』コールと日本についての質問の答えで「あんまり食べてないじゃん・・・」という突っ込みを受ける程。
最初の悪いコメントは全員撤回。しゃぶしゃぶを気に入ったのは当然のごとく、食べ放題システムもかなり気に入った様子。
しかし、最後に一言。

『でも、もしこの食べ放題のレストランがイタリアにあったら3日でつぶれちゃうだろうな・・・』

(自分たちが日本人レベルを超えたすごい食べ方をしたのには気付いているようでした・・・)

追記:10万円近い寿司屋の領収書を会社に持ち帰ったこの兄は(ちなみに社長)、経理担当に誰かと一緒に食事に行ったのだろうと疑念の目をもたれ、誰も一人でこれだけ食べたと信じてはくれず、会社中から浮気疑惑を持たれ、この結果、お目付け役として妹が派遣されたのでした。

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心配が的中してしまった!!
2005 / 12 / 10 ( Sat )
今日のニュースを見て『わあっ、やっぱり・・・』って思ったのは、冬のオリンピックに向けてのトリノの準備状況。

4月と9月に2回状況を見たけれど、この間の5ヶ月間には、あんまり大きな進展は見られず、『大丈夫かな~~』と思っていたけれど、その心配が的中。

地下鉄の工事がまだ途中段階、そして選手村もまだ未完成であるとか。

トリノ市民と工事をしている人がインタビューを受けてました。

一般市民曰く、

『交通渋滞がひどくって昨日も今日も会社に遅刻しちゃったわ。仕事もオリンピックのために全部ブロックされてるって感じだわ。駐車するスペースもないし・・・地獄のようだわ。オリンピックが始まってしまったら、どうなっちゃうのかしら・・・。』

そうそう、イタリアでは車を停めるのは、いわゆる駐車場的な所よりも路上が中心。街の中心街は工事によって通行止めになっている道が多いので、とっても大変らしい。

一方、工事担当者曰く、 
『そりゃ、間に合うようにできるだけ頑張ってるよ。でもな、いい仕事するにはそれなりの時間がかかるのさ・・・。』

確かに・・・。おっしゃる通りです。
工期の縮小は良くないこと。
できる限り時間をかけて良い物を作って欲しいけど、絶対間に合わせて欲しい!!(ギリシャオリンピックでもなんとか間に合っていたみたいだし・・・)

頑張れトリノ!

P1010563.jpg

久しぶりの写真は、トリノの中心地の風景。 

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21 : 29 : 32 | イタリア都市情報 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
物の価格と物の価値って?
2005 / 12 / 09 ( Fri )
久しぶりにゆっくりと昼食を食べることができたので、テレビのスイッチをつけたら、今問題となっている耐震強度疑惑の事件についてやってました。

この頃の私のブログは、年末のストレスが溜まっているせいか(どうかは分からないけど)、なんとなく説教臭い・・・。

ごめんなさい!!説教臭い話はこれをもって暫くお休みするとお約束した上での記事。。

食品を輸入する上では厚生省の検査を受けなければいけないのだけれど、この検査料がとっても高い!特にチョコレートは厳しくて、何項目にも亘る検査を受けなければいけません。

もちろん、原材料の品質と製造行程にこだわっている商品なので、いくら検査されても輸入禁止になるはずはないと思っているので、正々堂々と検査をして頂くわけですが、逆に、きちんとした商品なのになんでこんなに疑われなければならないのだろう・・・と思ってしまうこともしばしば。

しかし、この耐震強度の審査がインチキされているという報道を毎日のように見聞きしていると、『品質の基準について正々堂々と胸を張れる商品ばかりが巷に出回っているわけではない』という紛れもない事実に改めて気付かされ、誠実な商品もイカガワしい商品も同等に並べられている!そして、その差に気付くことはとっても難しい!という問題点に気付かされたのでした。

消費者の立場で言えば、やっぱり払うお金は少ないに越したことはない。しかし、物の値段が安いということは、物自体の量が豊富にあって手に入り易いということ。そして、価格を安くしようとする生産者と販売者の企業努力の賜物。

しかしながら、その企業努力というのは、受注関係が(構造的に)下にいけばいくほど大きくなる。大きすぎて法律まで犯してしまうのは行き過ぎだけれど、それほど切羽詰まった状況だったと推察してしまう。

そうかと言って、価格が高ければ商品の質は良いのか?っていうのも懐疑的。本来、商品そのものの質にかけるべきお金を違うところにかけていたら、ただ単にマーケティング的・ビジネス的に値段を高く設定しているだけ。

じゃあ、一体何を信用したら良いのか!!っていう問題に行き着きますよね。

やっぱり、それは『人間』だって思います。

『この人が作った物は信用できるのか?』
『この人が売っている物は信用できるのか?』
『いったいこの人は信用できるのか?』

「今日はこれが美味しいし安いから持ってきな!」
と言ってくれる近所の八百屋や魚屋のおじちゃん、おばちゃんが信用できるのは、その人を信じているから。やっぱりその人の人間力、そして人間の顔ですよね。

顔が見える、信頼できる流通・・・これってやっぱりスローフードだ!

耐震強度疑惑問題も、もしも、不正をしていた設計士が直接お客様の顔を見ながら売っていたら、人間としての良心はもっと痛んでいたに違いないと思うな・・・。

私は、ちゃんとした物をちゃんとした値段で多くの人に紹介したいと思っています。(←誓い!)

しかし、それにつけても最近のユーロ高。頭が痛いです・・・。

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13 : 36 : 47 | スローフードな私的つぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
スローフード的考察3
2005 / 12 / 09 ( Fri )
『人間は機械じゃないんだ~!』

イタリアの小さいメーカーと話をしているとよく出てくるセリフ・・・。

銀河鉄道999(←年代がバレます)じゃないのに、こんなセリフが出てくる話題とは、日本に輸出する商品に関して。

例えば、買い物をする時、こういうことに気付いたことありませんか?

○ボトルに貼っているラベルがなんとなく斜めになっている。
○何本か店頭の棚に陳列されている商品に貼られているラベルの位置が微妙に違う。
○裏ラベルの賞味期限が手書きだった。

などなど・・・。

既に日本に輸出を始めているイタリアのメーカーと、『テコ入れ』的なご挨拶に行くときは、日本側のクレームを伝えてを解決することが多いのだけれど、その時によくイタリア人が言う言葉が冒頭の言葉。

それを受けて私。

『そりゃそうだけど、イタリアじゃどうなの?ラベルが曲がって貼られていたら嫌だと思わないの?まっすぐにきちんと貼られている商品を買いたいって思わないの?』

するとイタリアチームは、

『だって、曲がっているっていうことは心を込めて手作業でやっているっていう意味じゃない?オートメーションで作られている物よりも手作業で作っているって思う方がいいじゃない?』

ちょっと詭弁だと思うけど、コンセプトは確かに理解できる。。

そこで、折り紙の国、日本人の私が出した無難な結論。

『手作業の良さは認めるけど、もうちょっと丁寧にやってね♪』

イタリアは職人の国。
あの、超高級イタリア車だって、職人の手作りがベースだから高いわけだけれど、窓ガラスに髪の毛が入っていたりという手作りならではの欠点も起こったりするらしい・・・。(もちろん車としての性能に問題があるわけではないけれど)

イタリアの状況に慣れている私でも、『短時間に大量の商品を作れて当たり前。』って思ってしまっている時があることにハタと気付く。

こういう日本的要望を叶えようとして機械を導入したはいいものの、日本でのブームが去って発注数が激減して工場を維持できなくなってクローズを余儀なくされた小さなメーカーも結構あるらしい。

手で加工する商品は、それを加工する側の限界が関わる問題だから『努力が足りない!』っていう結論に結びついてしまう可能性もあるけれど、これが、加工作業が必要のない天然の物だったらどうだろ?

そう、農作物や魚や肉。

しかし、こういう物さえも、今は自然をコントロールする人間の手が入っているから、季節に関係なくいつでも旬じゃない野菜や養殖した魚が食べられる。

だから、『自然の物は未曾有にあるわけではない』っていうことすら忘れてしまうし、なんとなく『あって当然』という考え方も生まれてしまう。

コンピュータ制御の機械があって当然という考え方は、もはや100%捨て去ることはできないと思うけれど、地球に存在する自然の一部である人間としてやっぱり忘れちゃいけないし、越えてはいけない一線もあると思うな。。

人間が『人間サイズ』でいるっていうこと、なんだか難しくなってきたけれど、立ち止まって考えることも大切だよね。

ブログなんていう人間サイズを無視したコミュニケーションツールに書くのはすごく矛盾していると思うけれど・・・。

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スローフード的考察2
2005 / 12 / 07 ( Wed )
11月は頑張って更新していたなぁ~と思っていたのもつかの間、忙しさにかまけていたらあっという間に12月も7日・・・。
師も走る月で、私もバタバタと走っていました。

そんな中、しかも、集いやらパーティーやら、アポやら約束やらが目白押しだった日に、携帯電話の電池が切れた・・・。

この出来事から私のスローフード的考察が始まったのであります。

丁度、先週はイタリアからスローフード協会のジャコモ・モヨーリ氏が来日し、(私は、東京の小さなスローフードの一派である『スローフードフィロソフィア東京』というグループの副代表なんていう名前的には仰々しいこともボランティアでやっております)友人でもあるジャコモを成田空港に迎えに行ったり(アリタリア航空約3時間延着のため、本人には残念ながら会えなかったけれど・・・)、スローフード日本の最初の公式イベントを覗きに行ったり(お手伝い全くできませんでしたことを関係者の方にはこちらからお詫び申し上げます!)、ご飯を食べながらゆっくり話したりという機会にも恵まれたということで、改めて

『スローフードってなんじゃろ?』

と考えてみました。(ので、今日は久しぶりの記事ということもあってマジメな記事です)

『ひょっとしたら人間って機械に頼りすぎていて退化してないか?』

○携帯電話が急に使えなくなっただけで、まともに待ち合わせすらできない。(→大体の時間と場所だけを決めて、後は「現地でコンタクト取り会いましょう」というぼんやりとした約束をしていたため)

○電話番号を覚えていないし、手帳にも書いていない。

○それに不安で待ってられない。

逆に言えば、携帯電話のおかげで、ギリギリの余裕のない約束もできるし、町で公衆電話を探したり、家や事務所に連絡を入れて、留守中に連絡が入っていないかを確認したりしないでも済むわけで、寝る時間を除けば全ての時間を無駄なく有効に使うことが可能になっている。

炊飯器があるから、お米をといでスイッチを入れれば、自動的にご飯が炊き上がる。(今は無洗米もあるけれど・・・)

全自動洗濯機があるから、汚れた物を放り込んでおけば、自動的にきれいになっている。

自動の湯沸かし器があるから、蛇口をひねれば設定してある適温のお湯が自動的に出てくる・・・。

挙げれば数限りないけれど、こんな便利な生活はいつのまにか『当たり前』になってしまっているよな~。

これらが突然なくなったら、けっこう対応できない・・。

前述のジャコモが、「自分が小さい時は髪の毛を洗うのは大変だったよ~」なんて説明してくれたので、「年だな~。古い人間だよな~」なんて笑い話にして茶化していたけれど、『便利=当たり前』になってしまうと、それがない頃、代わりにどういう作業工程をした暁に手に入れられる状況であるのか?ということすら忘れてしまう。
これが怖いことなんだろうな。

自動湯沸かし器がなかった時代、髪の毛を洗うのは一苦労だった。

火をおこす→薪をくべる→水をためる→沸かす→好みの温度に調節する→用意した量のお湯で足りるように遠慮しながらお湯を使う。。

こんなことやってたら朝シャンなんて絶対できないよな。おまけにドライヤーも吸水性が優れたタオルもないし・・。

料理だってそう。
冷凍食品はないし、電子レンジはないし、全部一から自分で作った。

聞いた話だけれど、キッチンが汚れるから魚焼きコンロは使わない。洗い物はシンクでやらないで食洗器。もっぱら使うのは電子レンジ一本。という家庭って結構多いらしい。

電子レンジがまだ家にない頃の記憶のある世代は良いけれど、生まれた頃には既に電子レンジがあった世代には、これが『当たり前』の既成事実になっている。

スローフードの哲学は、『ゆっくり食べる』ということじゃなくって、自分が食べる料理はもちろん、色々な便利な物や生活が『どうやってできたのか?どうなって成り立っているのか?背景にはどういう人のどういう知恵や努力があってのことなのか?』っていうことを改めて認識することだって思う。

イタリアですらも、スティック状のフライの形で魚は泳いでいると思っている子供が多数いることが問題になっているみたい。

まずは、『当たり前のことって存在しない』ってことを頭の片隅ででも意識することが第一歩なんだろうな~とマジメに考えてみました。
そこには、誰かの知恵や努力や犠牲それに資源が使われてるって・・・。

車や電車や飛行機のお陰で昔とは考えられないくらい早く遠くに移動することができるけど、それだと、水戸黄門の全国行脚もあっという間に終わっちゃう2時間ドラマになっちゃうものね。

忙しい師走の最初の記事、自分への戒めも含めて締めくくります。

「ゆっくりやりましょう!」

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